愛犬の「噛む問題」で悩んでいる飼い主さんはとても多いです。
ただ噛むと言っても、
・遊び(甘噛み)
・ストレス発散
・歯の生え変わりで歯がゆい
・噛むことで要求を通す(要求噛み)
・縄張り意識などの本能
・警戒心や恐怖心
など理由や原因は様々です。
子犬が噛む原因は甘噛みや要求噛みが多いですが、痛みもあり、あまりにしつこいのでノイローゼのようになってしまう飼い主さんもいらっしゃいます。
ただ、子犬の甘噛み程度なら、しつけや犬が成長することで改善するものが殆どです。
しかし中には飼い主に対して唸ったり、本気で噛む、何の前触れもなく噛みつくといった、甘噛みや要求噛みのレベルではない攻撃行動が見られるケースがあります。
ではどうしてそのように威嚇(いかく)したり、攻撃的になるのでしょうか?
よく言われるように、
「犬になめられている」
「犬がリーダーになってしまっている」
「しつけが出来ていない」というのは本当なのでしょうか?
そこで今回は犬の本気噛み・攻撃咬みなどの攻撃行動について考えてみます。
このページでは主に攻撃行動の原因や種類をまとめました。
まず結論から申し上げると、犬の攻撃行動は飼い主さんだけの力では改善できないケースが殆どです。
『しつけが悪いから』
『甘やかしたから』
と、飼い主さんの責任で片付けられる問題ではありません!
そして一番大切なのは、『飼い主さんだけで悩みを抱え込まない』ということ。
自分の力で何とかしようと努力するのはとても素晴らしいことですが、なるべく早い段階で専門家に相談するのも立派な対処方法です。
これは飼い主の責任だから…
と自分達だけで抱え込むことで、精神的に追い詰められ、それを大切なワンちゃんにぶつけてしまっては可哀そうです。
それに状態が悪化した後では専門家でも手に負えなくなり、ワンちゃんも飼い主さんも悲しい思いをしてしまいます。
まずは攻撃行動の原因を知ることで、愛犬の様子に思い当たることがないか確認しましょう。
そして、自分達だけで悩まずに第三者の専門家の力を借りることを考えてみてください。
目次
犬が攻撃的になる理由は?
犬が噛むのは当たり前な行動
まずはじめに、
「犬が噛むこと」はごく当たり前の行動というのを理解する必要があります。
犬は四つ足を地面につけて行動するので何かを探したり、確かめる時には手の代わりに口を使います。
また、犬はしゃべることができないので、吠えたり噛むことでコミュニケーションをとります。
犬にとって「噛む」とは自然な行動で、何かを確認し、伝えようとしているのです。
嬉しい、淋しい、怖い、怒りなどを表現する為に噛むのはごく自然なことです。
犬の威嚇行動・攻撃行動とは?
様々な原因で人間や他の動物に対して、咬みつく素振りを見せる、飛びかかる、咬みつくなどの行動をとることです。
攻撃行動の前には、体を硬直させる、睨む(にらむ)、唸る、吠える、歯を剥き出すといった威嚇行動が見られることが多いです。(ただし、いきなり攻撃することもあります。)
もしも威嚇行動が見られたら、それは犬が緊張や恐怖、怒りを感じているというメッセージです。
その威嚇行動を叱ったり、無理に抑えつけようとすれば攻撃行動に発展してしまいます。
まずは冷静になって、どうして威嚇したのかを考え、緊張を和らげるように声を掛けたり、気をそらすようにするのが大切です。
威嚇をやめることができたら褒めてあげるというパターンを繰り返すことで、攻撃行動に発展するのを防げる可能性も高くなります。
犬が攻撃的になる原因は?しつけが悪い?
攻撃性の原因としては子犬の頃の社会化不足、間違ったしつけによる体罰などが挙げられます。
しかし、社会化が十分になされており、しつけにも問題がないのに、ちょっとしたきっかけで攻撃性が出現したり、原因不明の突発性のケースもあります。
また、攻撃性には遺伝要因が影響することも報告されているので、親犬や祖父犬などの血統が関係している場合も少なくありません。
ですので、一概に「しつけが悪いから」「育て方が悪かった」というのは間違いです。
犬の攻撃行動の種類
飼い主や家族に対して攻撃的になるものの多くは自己主張性攻撃行動と呼ばれるものです。
他にも縄張り性攻撃行動や恐怖性/防御性攻撃行動など様々な種類があります。
●自己主張性攻撃行動
自分の意思を通すための攻撃行動です。
例えばブラッシングが嫌いな犬が、それでも無理矢理ブラッシングされたので飼い主の手を噛みます。
飼い主さんは噛まれたこと驚いてブラッシングをやめてしまいました。
すると犬は「噛みつけば嫌なことをされない」と学習します。
それがエスカレートすると「噛みつけば自分の思い通りになる」となり、おもちゃやご飯の食器を触っただけで攻撃するようになってしまうことがあるのです。
●縄張り性攻撃行動
野生動物の本能で、縄張りの外にいる動物に対しては無反応ですが、縄張りに近づく者に激しい威嚇をします。
●恐怖性/防御性攻撃行動
恐怖が限界に達した時に出る攻撃行動で、追い詰められた状態で出やすいです。
虐待や間違ったしつけによる体罰の他にも、病気やケガの治療で痛い想いをしたことなどが原因になります。
自己主張性攻撃行動は、以前はα症候群(アルファシンドローム)と呼ばれ、家族の中で自分の立場が一番上、リーダーになっていると認識し、自分よりも順位が低い家族に対して攻撃すると考えられていました。
現在では、犬は家族という集団で行動するが、家族の中で上下関係や優劣関係、リーダーになることを意識しないという考えが一般的になり、アルファシンドロームという言葉は使われなくなってきました。
~その他の攻撃行動の種類~
●補食性攻撃行動
人、犬、猫、鳥などの動物に対して攻撃行動を起こします。
自転車や車などに対する場合もあり、素早く動くものによって誘発されることが特徴です。
威嚇をしたり、吠えたりしないで急に攻撃することが補食性攻撃行動によくみられます。
●遊び攻撃行動
遊びの延長として見られる。通常子犬や若い犬に多く、人間や他の犬と遊んでいる間に吠える、うなる、歯を当てる等の行動を見せます。
●母性による攻撃行動
母犬が子犬やおもちゃを守ろうとして攻撃的になるもの。
妊娠、出産の他、想像妊娠や体内のホルモンバランスの変化で現れます。
●疼痛性攻撃行動
病気や怪我などによって体の一部や全身に痛みが発生しているときに出る攻撃行動の事です。
●防護的攻撃行動
飼い主や家族の犬を守るための攻撃行動で、柴犬などの日本犬でよく見られます。
●転嫁性攻撃行動
全く関係の無い人や動物を攻撃することで、猫に多く見られます。
例えば犬同士が吠えて喧嘩をしている時に、たまたま歩いてきた人が咬まれるようなものです。
●特発性攻撃行動
原因がよくわからない突発的な攻撃行動のことです。
遺伝的な要因やてんかんなど脳の病気、何らかの薬剤が原因になる可能性もあります。
上記の他にも所有性攻撃行動、犬同種間攻撃行動、葛藤性攻撃行動…と、本当にたくさんあります。
脳の異常や病気による攻撃性
先ほども書いたように、犬が噛む行動は、自分の身を守ったり、生活する上で必要なごく自然な行動です。
しかし、そうした理由が全くない場面で噛む行動が起きることがあります。
そのようなケースの中には、犬の脳機能が正常でない可能性もあります。
例えば犬の精神疾患やてんかん等の病気、ホルモン異常です。
●犬の精神疾患
人間がストレスでうつ状態や心身症になってしまうように、犬もストレスによって精神疾患になることがあります。
人間のうつ病も未だに詳しいメカニズムは解明されていませんので犬のうつ病も詳細はわかりません。
ですが、精神疾患になっているワンちゃんは不安が強くなりすぎて攻撃性が発生する場合があります。
●犬のてんかん
『大学病院を受診した攻撃行動のある犬の脳波を計測すると、てんかんに特徴的な脳波が約9割の個体で確認された。
そして、てんかんの脳波が見られた犬達に、抗てんかん薬を投与したところ、そのうち8割で効果が認められた。』
という研究結果があります。
これはつまり、犬の攻撃行動には、てんかんの様な脳の機能的な異常が関連していることが少なくないという裏付けです。
●ホルモンバランス
特定の脳内物質が犬の気分や行動に影響を与えることがわかってきています。
それらの物質のうち最も重要だと言われているのが「ノルエピネフリン」「ドーパミン」「セロトニン」です。
特に攻撃性とセロトニンには深い関係があるという研究結果が出ています。
ペンシルバニア大学とコーネル大学の共同研究では攻撃的な犬の脳脊髄液には「セロトニン」が低かったと報告され、人間同様に犬でも脳内の「セロトニン」が不足すると闘争的あるいは攻撃的になると言われています。
また、米アリゾナ大学の心理学者エバン・マクリーン氏はオキシトシンとバソプレシンという2種類のホルモンが、それぞれ犬の穏やかな行動と攻撃性と関係あることを論文発表しました。
品種改良により穏やかな気性を身につけた介助犬は、平均的な犬に比べて”オキシトシン”の血中濃度がかなり高かったそうです。
一方、他の犬に対して攻撃的な犬達は”バソプレシン”の濃度が高かったそうです。
ただし今のところ、バソプレシンが攻撃性を生じさせているのか、攻撃性に反応して分泌されているのかはまだ分かっていません。
ですが、マクリーン氏は「攻撃的な犬を変えようとする前に、私たちはその基本的な生物学を理解する必要があります。」と言っています。
そればかりか、大切な愛犬に余計な負担をかけてしまうことになります。
心身の異常がある場合は、どのような異常が発生しているかを調べ、適切な投薬などの治療が必要となります。
男性ホルモンであるテストステロンが攻撃性の原因ではないかとする説がありますが、研究では去勢していないオスイヌが去勢したオスイヌよりも攻撃的であるという結果は出ていません。
犬の攻撃行動の対処法
自分達だけで解決しようとしないことが重要
攻撃行動の原因はそれぞれのワンちゃんで異なり、対処方法も全く変わってきます。
冒頭でも書きましたが飼い主さんだけの力ではどうにもならないことが多く、間違った対処方法で余計に状況を悪化させる可能性が高いです。
しつけの本やネットの情報で何とかしようと考えず、出来る限り早い段階で専門家に相談してください。
① てんかんや精神疾患などの脳の病気の可能性があるので獣医師に相談し検査を受ける
② 身体の問題がなければ攻撃行動を専門的に扱うドッグトレーナーに相談する
もしも自分だけで何とかしようとすれば精神的に追い詰められます。
焦れば焦るほど、すぐに結果を求めて犬にきつく当たることになってしまうのです。
第三者に相談することで冷静になれたり、誰かに打ち明けることで精神的に楽になることもあります。
~どこに相談すればいいの?~
犬などの「問題行動」に関する相談を受け、獣医学的な治療とトレーニングを行う専門科が『行動診療科』です。
日本獣医動物行動研究会のHPに行動診療を実施している病院の一覧が載っています。
攻撃的な犬に対する病院での治療
【検査と診断】
病院ではまず身体疾患がないかを診断します。
身体の痛みから攻撃的になっていたり、内臓疾患でホルモンバランスが崩れている可能性を調べるわけです。
それから必要に応じて、血液検査、神経学的検査、脳派検査、MRIなどの検査をする場合があります。
【治療】
身体的な病気がある場合にはそちらを優先して治療します。
身体疾患が良くなることで、精神的に落ち着く効果もあります。
また、身体疾患が原因でなく、特に激しい攻撃行動の場合は、投薬による治療が行われます。
使われるお薬はうつ病に用いられるSSRI、抗うつ剤、抗不安薬などです。
通常は副作用が少ないSSRIを最初に使います。
●選択的セロトニン再取り込阻害薬:SSRI
脳内のセロトニンの代謝を調整し、気分を安定させる作用があります
獣医動物行動診療科では、攻撃行動の治療でSSRI(薬名:フルオキセチン)が第一選択薬として使用されることが多いです。
SSRIは作用するまでの時間が遅いので数週間の継続投与が必要です。
副作用は食欲減退、鎮静、嘔吐、下痢などが報告されています。
●三環系抗うつ薬:TCAs(クロミプラミン等)
脳内のセロトニンの代謝を調整し、気分を安定させる作用があります。
薬名:クロミプラミンは、犬の分離不安の治療薬として認可されていますので、病院でも使われますが、SSRIよりも副作用が多いです。
SSRI同様の副作用の他に、尿貯留・尿結石・血圧上昇などがあります。
●ベンゾジアゼピン系抗不安薬:BZDs(ジアゼパム等)
薬名:ジアゼパムは、ベンゾジアゼピン系抗不安薬と呼ばれる薬で、不安を和らげる作用と同時に、脳全体の活性を落とす作用があります。
ジアゼパムの特徴は、即効性があることで、投薬後30分程度で作用を示します。
ただし作用時間は短く、4~6時間程度で作用がなくなります。
また、抗てんかん作用があるため、てんかん体質が疑われたり、強度の攻撃行動の際に緊急的に使用することが有ります。
長期に使用すると、耐性ができ効果が弱くなるので、使用は初期のみに限られます。
副作用としては、ふらつく、活動性の低下、食欲亢進、逆説興奮などがあります。
●抗てんかん薬
薬名:フェノバルビタールは昔から使われている抗てんかん薬です。
犬のてんかん発作の約70%に対して効果が認められており、値段が安価なことと血中濃度測定が可能なことから使用頻度の高いお薬です。
抗てんかん薬は、てんかん発作を抑える作用の他にも攻撃性を和らげる効果があります。
飼い主さんができる対応法
①攻撃的になる状況や刺激を避ける
②犬と飼い主の生活エリアを分ける
③犬の攻撃性を運動で消費させる
④十分な食事を与える
自分達だけで何とかしようとして、ネットの情報を調べるのは悪いことではありません。
しかし他のワンちゃんで上手くいったことが、自分の愛犬に通用するとは限りません。
また、強い攻撃性のある犬は、いくらしつけを工夫しても改善しません。
確実に飼い主さんに出来ることは、次の4つです。
①攻撃的になる状況や刺激を避ける
よく「スキンシップが大切」と言われますが、触られたり撫でられるのが嫌いな犬は少なくありません。
身体に触れられるのは犬にとって脅威ですので、必要以外に触れないようにします。
また、フードやおやつ、おもちゃを取られるのではないか?という不安も攻撃性に繫がります。
「フード容器を回収しようとして噛まれた」「おもちゃを片付けようとして噛まれた」という話もよくありますが、そもそも与えなければ回収する必要もなく、噛まれるリスクは減らします。
ワンちゃんを刺激しない工夫はとても重要になります。
②犬と飼い主の生活エリアを分ける
自分の縄張りを守ろうとする余り、攻撃的になる犬もいます。
飼い主が自分のエリアに近づくこと自体が脅威やストレスになるので、生活エリアをきっちり分けることが重要です。
また犬が暮らす空間を囲ったり、物音が少ない場所にすることで、安心できて落ち着けるようにします。
③犬の攻撃性を運動で消費させる
具体的には散歩をたくさんすることになります。
「散歩が少なすぎて攻撃的になっていた」というのも珍しい話ではありません。
特に柴犬などは猟犬だったこともあり、1日中歩き回れる体力があります。
歩くだけでなく、走り回ることで十分疲労し、攻撃性を軽減できる場合もあります。
④十分な食事を与える
美味しいフードと水を十分与え、「食料を取られる」「ご飯を食べることができない」という不安をなくします。
お腹一杯食べることで欲求を満たし、安心感を与えるようにします。
飼い主さんがそんな風に思うのは当然です。
ですが、上の4つをしてあげるだけで、犬にとってはとても幸せなことなのです。
まとめ:もともとは不安が原因になっている
生まれつきの性格や病気の場合を除けば、犬が攻撃的になるのは「自分の身が危険にさらされる」という不安がもとになっていることが殆どです。
自分の意思を通すための攻撃行動だったとしても、もとはと言えば嫌なことをされた反応がきっかけになっているとも言えます。
それなのに大きな声で叱ったり、体罰を加えるような対応では余計に恐怖を与え、攻撃性を高めてしまいます。
犬の不安を取り除き、精神状態を安定させるトレーニングが重要なのです。
しかし「危害を加えられる心配はない」とわかってもらうには時間がかかりますし、状況が悪化してからではそのようなトレーニングも通用しなくなります。
もう少し様子をみてからでは遅いのです。
まずは相談することからはじめましょう。
可愛がってあげたい、一緒に楽しく暮らしたいと思って犬を飼ったのに、攻撃的になってしまったらとても悲しいです。
でも誰かの力を借りることで改善できるかもしれません。
独りで悩まずに専門家に相談してください。